前例があった熊本地震と次なる地震は?(歴史は繰り返す)

投稿者: | 2016年05月07日 10:00

今回の熊本・大分地震ですが、歴史書を読み解くとほぼ前例があったことが分かります。
恐ろしい程の似通った前例があったのです。
そして歴史が繰り返すとなりますと、次に起こる場所は?
以下の報道をお読みください。

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熊本大地震は「前例」あった “17世紀と酷似する”地震パターンとは

今回の地震について、気象庁は「前例がない」と言った。だが、古文書をひもとけば、今の日本の状況とあまりにも似ている時代があった。我々は歴史に学ぶ必要がある。歴史学者・磯田道史さんに話を聞いた。

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今回の一連の地震で、震源が熊本から阿蘇、大分と北東方向に100キロを超えて広がっていっていることについて、気象庁は「前例がない」としていますが、果たしてそうでしょうか。確かに気象庁が観測を始めた1875年以降では前例はないでしょう。しかし、500年、千年という長いスパンで災害の歴史を研究してきた私の立場から見ると、前例なしとは言えない。それどころか江戸時代初期の17世紀前半とかなり状況が似ていると考えています。

順を追って説明しましょう。まず1611年に「慶長の三陸沖地震」が東北地方で起きました。これは東日本大震災と同タイプの東北沖の海溝型巨大地震で、津波による多数の死者が出ました。

その8年後に、今回と同じ肥後地方で、一つの都市が壊滅するような大地震が起きています。熊本藩の地誌「肥後国志」十四巻には「卯の刻(午前6時)より大地震い、午の刻(正午)にいたり、城楼崩壊す」とあります。この城楼とは、八代にあった麦島城のことで、最初の地震から数時間、幾度となく襲いかかる激震で6時間後に櫓(やぐら)などの建物が崩壊してしまったのです。

さらに「浄信寺興起録」という記録には「大地震動す。山鳴り谷応え」とあります。ゴーゴーと不気味な地鳴りがして、谷でこだまするような状況だったのでしょう。城の石垣や櫓が壊れ落ち「死傷するもの無数」、都会だった八代の町が「たちまち荒陵と変ず」とあります。おそらく震度6強ないし7の非常に強い揺れと余震で、城下は6時間の断続する揺れで消滅したと思われます。

 ちなみに熊本では、記録に残る最も古いものとして、744年、天平時代にも大地震が起きたことがわかっています。今回の地震を起こした布田川(ふたがわ)と日奈久(ひなぐ)の二つの断層帯は数百年単位で激しく動いているのです。

 さらに私が今回、注目したのは当時、豊後(大分県)竹田を治めていた岡藩中川家の「中川史料集」の記述です。八代の麦島城の天守閣が崩壊した同じ日、同じ午の刻に「岡大地震御城中所々破損」とあります。これは竹田の岡城が地震で崩れ破損したことを意味します。つまり、熊本が揺れ、その6時間後には、大分竹田の断層も、城を壊すほど激しく動いたのです。今回同様、熊本の地震が大分にまで広がっていた可能性が高いのです。

東北で震災が起き、その数年後に熊本で都市そのものが壊滅するような地震が起き、その地震が大分にまで広がった。つまり、今回と非常に似通った地震活動が400年前に起きていたとみるのが自然です。

その後の展開も気になって調べてみると、熊本と大分の地震から6年後の1625年に<広島・愛媛・熊本・香川>で地震が連発します。

広島は、八代、熊本、竹田を通る断層群の延長線上にあるので私はこの地震に注目しています。

まず同年<1月>、【広島】で地震が起き「安芸広島城の石垣・塀・多聞などが崩壊」します。
多聞とは城の細長い櫓で、広島城の地盤はあまり強くないので震度6ぐらいで石垣や櫓が崩壊したと思われます。
城下の被害記録はないのですが、櫓が落ちるかなりの揺れだったことがうかがわれます(「自得公済美録」十七ノ下)。

同年<4月>、今度は【愛媛】を地震が襲いました。
「伊予温故録」によれば道後温泉が「地震にて塞」がって「松山城主蒲生忠知命して湯神社に祈祷す」とあります。

<7月>は再び【肥後熊本】で大地震が起きています。
相当な被害があったようで「丁巳雑録」という史料ではこんな内容が記されています。
「(旧暦6月)17日に揺れ始めて、天守その他城内の建物が崩れ、瓦も飛んで骨組みの木材だけが残った。城中にいた50人ばかりが死んだ。火薬庫が地震で爆発し、跡形もなく吹き散らした」
熊本藩細川家の「部分御旧記」には、「本丸には庭がなく四方が高石垣。そのうえ、櫓・天守もなかなか危ない。許可を得て、地震屋(殿様の地震避難舎)を建てる庭を造らねば、本丸にはいられない」というような記載があり、余震が続いたことがうかがわれます。

さらに同年<11月上旬>には「四国中国大地震」という記録が【香川県】に残っています(「田宮物語」「長尾町史」)。

つまり「400年前の東日本大震災」のあとには、国内最大級の活断層である「中央構造線断層帯」の西端の熊本・八代でまず地震が起き、≪大分・広島・愛媛・香川≫へと西日本の<中央構造線>を東に向かって、次々と地震が連発した形跡があるのです。

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歴史を学べばそれなりの対策は取れます。
今後、歴史から想定されます地震から身を守るための準備(備蓄・避難先)をしっかりしておく必要があります。

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